1/1ページ 雪が降れば良い。 すべて白く、ページを書き換えるかのように白くする雪が欲しい。 「やま、ぐ…ち?」 躊躇いがちに俺の名前を紡ぐ彼に対して今さらながら恐怖心が湧いてくる。 いきなりこんなことされりゃあ、不安になるのも当たり前だよな。 そう理解することは出来る。 しかし不思議と後悔はなかった。 「これが、これで、最後…」 最初で最後だから、と弱々しく呟く俺は卑怯者で臆病者。 ごめん、ごめんな。 されるがままに俺の腕のなかにいる彼は今何を考えているのだろうか。 この状況をどう感じているのだろうか。 試合終了後が良い例で、肩を抱いたり髪に触れたり抱きしめるなどのスキンシップは俺たちスポーツ選手同士なら良くやることだ。 その相手は選手同士に限らず監督やマネージャーにコーチにも同様なので特別な意味を持たずに出来る。 だけど、これは別。 今俺は今回自分と同様に来月から行われるアジア杯に出場する日本代表に選出された渋沢を腕のなかに閉じ込めている。 普段のスキンシップではなく、特別で他とは違う意味で。 馬鹿だということは重々承知で、それでも感じる体温に満たされる感覚。 同じ頂点を目指す仲間だけれど、どうしても我慢出来なかった。 Jリーグが終わるのを目安に今回のメンバー発表と合宿が組まれ、俺は帰国するとすぐに合流して、一日遅れで渋沢と同じくブンデスリーガに所属する平馬が合流した。 そしてゲームキャプテンとしてキャプテンマークを腕に背負う俺と、椎名と共に実質的にチームを引っ張る彼はコーチたちの計らいからか同室だ。 この歳になれば下の奴らが速くチームに慣れるように同室になることも多いが、今回は俺たちの世代が一番多いのでそれほど不思議もなく、何かと都合が良いだろうとのこと。 今まで渋沢と同室になったことがないわけではない。 部活サッカーをしていた彼とクラブチームでのサッカーを選んだ俺だが、まだ小学生の頃から共に世代別代表には呼ばれていたので顔を合わせることは多く、時には敵に、時には仲間として長い時間を共にした。 とは言え同じ部屋を割り当てられたのは数年ぶりで、久しぶりだな、なんて軽い雑談をしながら渋沢の荷物整理を手伝っていたとき。 いや、実際は口出ししてただけだけどな。 そうではなくて、つい見てしまったソレ。 知ってはいた。 彼女とも子供にも何度か顔を合わせたこともあるのに、彼は常に彼女のものなのだと、そう釘を刺されたようで。 まるで、見透かされたように目に入ってきた。 「渋沢、ソレ、さ…」 「え?…ああ、親バカだよな」 そんな照れ臭そうに、嬉しそうに笑うなよ。 見えたものは試合や練習、風呂の時以外は常に身につけているという家族の写真が入った定期入れ。 ベタすぎて笑いそうになるくらいベタなソレ。 数年前に彼と結婚した奥さんとその娘さんの幸せそうな家族写真。 気立てが良くて、彼が唯一その責任感と重みを下ろせる人。 数える程しか会ったことはないけれど、しっかりしていて、それでいてどこか可愛らしい人だという印象だった。 彼女に敵わないことなんて、ずっと知っていたのに今さらなこの醜い嫉妬。 彼には素敵で、絶対の人がいるのだと、わかっていたはずなのに。 気が付いたら抱きしめていた。 後ろから抱きしめるのは、所有権の証のようだが今は虚しいかな。 しかし理屈ではなくて、ただ必死に、背中から俺を感じてくれたら良いだなんて本気で考えた。 石鹸の匂いが彼の地で明るく少し癖のある髪の毛から香る。 なあ、わかってるよ。 俺と彼はチームメイトであり仲間でありこの共通意識を亡くした時にはきっとあのピッチに共に立つことは出来ない。 そして俺たちは緑の広がるピッチでしか生きられない。 「ごめん…ごめんな……」 謝ることしか出来ずにいる俺と、状況を整理しているであろう彼。 本当にごめん。 あの場所を手放せない。 仲間であることをなくしたくもない。 それでもお前が愛おしい気持ちも捨てられないんだ。 「俺さ、来年結婚すんだ」 「………え、?」 「あ、式はこっちで挙げる予定だけどできたら来てくれな」 「山口、」 「あいつ意地っ張りだし変なとこ気を使うからこんな歳になっちまったよ」 「…彼女と、か?」 「そ。あいつだよ」 唐突に、現状を維持しながら話し出した俺の話に渋沢は真剣に聞いてくれる。 こんな状況で言うことじゃないと思うけど、あいつとこれからの生涯を共にするこの選択に後悔はないと言い切れるし彼女を愛していることにだって真実しかない。 結婚する相手はあいつしかいないんだ。 例え彼に対する気持ちがあって、この国で彼との婚姻が認められていたとしても、生涯を共に歩むのは彼ではない。 「彼女を、裏切れないだろう?」 「………………ああ」 「だったら、」 「だけど!…だけど、ごめん」 あいつしかいない。 そこに嘘はないはずなのに、俺はこんなにも彼を想ってしまう。 少しズレてる優しさが、責任感で出来ているようで適度に放任主義な性格が、周りばかり見て自分をあまり省みない性分が、どうしても。 「すきなんだ…!」 自分勝手でごめん。 今さらこんな気持ち(モノ)を押し付けてごめん。 大切な時期なのに、残された時間は決して長くないのに、ごめん。 ごめんな。 最後に何か、気持ちを吐き出したかったのかもしれない。 抱えた気持ちを誤魔化して無かったことにして、それであいつを抱きしめることが後ろめたかったのだろうか。 そうだとしたら、最低だな。 彼にもあいつにもどれだけ謝ろうとも許されないことをしでかしてしまったかもしれない。 それでも俺はずるいから、言わせてほしいんだ。 なあ、ごめんな。 「言いたいことはそれだけか」 「…ああ」 「そうか」 張り詰めた空気が途切れるのを感じた。 彼はどう思っているだろう。 馬鹿な奴だと罵るだろうか。 それとも気持ち悪いと距離を取るだろうか。 いずれにせよ明日の練習ではやりにくいことになりそうだ。 そこは、切り替えなければ。 自覚する、自分の立場。 彼への気持ちやあいつへの愛情と同じくらい、もしくはそれ以上に手放せないあの場所。 拘束していた腕を緩めれば、逆に右腕を取られた。 瞬間、何が起こっているのか把握出来なかった。 「…ッ!」 「……言い逃げなんて許さないぞ」 背中に感じる拘束が痛い。 長くてしなやかでいて屈強な、白く大きなゴールマウスを守るその身体。 「しぶさ、」 「山口。俺は、」 遮られた言葉。 家族を裏切ることなど出来ないし、俺との関係を仲間から変えることも出来ない。 恋人になりたいのかと問われれば違うのだ。 しかし彼に感じる愛情に一番近い名前を付けるのであれば恋だろう。 その存在に触れる者に、存在を動かす他人(だれか)に、嫉妬しては狂いそうになる。 互いに絶対の存在ではない。 けれど唯一の存在だとは思う。 仲間であることを越えられない。 「それでも、最後だなんて言うな」 越えることは出来ないけれど、この瞬間をやめることも無理だった ■■■■■■■■■■■■■ と、いうわけで短いですが初渋ケーです。 いやあ、楽しかった! なんでか渋キャプ家族持ちですが← なんでか圭介くん結婚控えてますが←← 気にしない☆ [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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