笛!テキスト

I love youの訳し方【三上】
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溺れるほどに好きになる、なんてチンケな台詞は良く聞くけれど、実際にそれほどまでに誰かを好きになったなら正常ではいられない。
触れたいと、思うのは間違っていることではないだろう。

プロになることを半分諦めていた頃、あいつは俺の前に現れた。
自由人な気質の持ち主で、それでいて人の空気に繊細で敏感な難しいヤツ。
俺の周りには渋沢とか中西とかバカ代とか、性格にクセのあるが多いけれど彼女は今までにないタイプだった。
渋沢とか藤代とか間宮とか、決して努力の力が小さいわけではなく人知れぬところで並々ならぬ努力を重ねていることは知っている。
それでもそのプレーには才能という言葉を感じずにはいられなくて、それを痛感する度に俺には足りないそれに腹を立てていたあの頃。
彼女はさらりと俺の前に現れて、まるで何もかもを見透かしたように微笑い、そして背筋をピンと伸ばして言い放った。

「本当に、馬鹿ね」

結論を自己完結させて勝手に憤って、あなたは諦める理由が欲しいだけじゃない。
本当に欲しいのならばみっともなく足掻いてすがってみせてよ、と。
お決まりの綺麗事にうんざりして、結局はコイツも説教染みたことを告げるだけなのだと思い顔を歪ませると、なんてね、なんておどける。

「関係のない、サッカーと生きるあなたを知らない私なんかにこんなこと言われてムカついた?私は正直なところ、あなたの葛藤なんてどうでもいいわ」

あなたの将来、生きざまにとやかく言う権利なんて私にはないもの。
でも、もしも一人で抱えるのに苦しくて、渋沢や藤代に対する嫉妬が辛いのならばそれを吐き出す相手にはなってあげられるわ。
私はそんなあなたを愛しているから、なんて馬鹿なのはどちらだろうか。
彼女は狡猾に言葉を紡ぐ。
愛しているだなんて普段は絶対に言わないくせに、俺を落とす為ならば躊躇いなく声にする。
その言葉の威力が一番発揮される瞬間(とき)をわかっていてやっているのだ。

まんまと彼女の思うように彼女にハマっていった俺。
好きだと告げられる度に俺もだよ、なんて小説のようなやりとりを繰り返した。
彼女は出会ったときと変わらず、自由人であり繊細でもあった。
高校を卒業すると同時にプロチームへの入団が決まっていた渋沢をうわべで祝い、嫉妬を抱えつつも僅かな希望を捨てきれずに大学(うえ)に進学した。
選手権の常連であり強豪としてその名を全国に知られる武蔵森学園高等部。
そのチームの10番を背負い、自身の代でも結果は出していたので推薦は余裕で貰えた。
世界から見たら大学を卒業後プロになるのはスポーツ選手のタイムリミットを考えれば遅すぎるため相当厳しい。
しかし日本ではさほど珍しいことでもなく、四年間カッコ悪く足掻いた結果J2のチームに拾ってもらい、現在もプロ選手としてその世界にいる。
常に側にいてくれるわけじゃねえし、励ましてくれるわけでもない。
ただ現実を突き付けて、それでも離れないでいてくれる。
それが彼女だった。



欲が、出たんだ。
ひたすら自身の未来に必死で余裕のないガキから少しは成長出来たかと思えば、彼女への欲が顔を出す。
弱さを見せてはくれなかった。
俺の醜い嫉妬だとか羨望だとか、そういったものを言わずとも暴きやがっては突き付けるくせに自分の弱さを見せることはなく、まるで俺なんか頼りにならないと言葉よりも鋭いもので云うかのようだった。

「…そんなつもりじゃ、なかったのよ」

注文した珈琲からは大分前に湯気が消えた。
都内ではあるがお世辞にも栄えているとは言えない街にある喫茶店。
彼女の住むマンションから徒歩五分に位置するここはよく待ち合わせに利用したので店長とは顔見知り。
目の前にある珈琲も、彼女がいつも頼むストレートの紅茶も旨いことはよく知っているがお互い手にすることはない。
店の入り口から一番奥の窓際の席に向かい合って座っている。
季節は冬の一歩手間で、シーズンも終盤に入っている。
一昨年一部に、J1に昇格してからチームの成績は可もなく不可もなくといったところ。
今年は終盤で優勝は難しいものの上位にいる。
リーグ優勝は首位との勝ち点差から見て難しいが天皇杯は勝ち上がっているのでこれからの結果次第で来年のACLへの出場権を奪える。
個人的な成績としては来年の結果次第では海外移籍も不可能ではないだろう。
プロ選手としてまだまだ上を目指せると確信した。
個人成績は悪くない、むしろ順調と言っても良いだろう。

だからかもしんねえな。

彼女との、レナとの距離がわからなくなったなんて言い訳だ。
可愛げのないところもレナらしくて、仕方ねえな、と笑えていられなくなったのはいつからだっただろうか。
決して弱さを見せてくれなかったことに不安を感じないわけがなくて、珈琲の温もりのようにレナが遠くなる錯覚をした。

「亮だって、弱さなんて、弱音も何も言ってくれなかったじゃないっ」

「…言えるわけ、ねえだろ」

レナが言わないのに、どうして俺が言える?
弱音とか隙とか、そんなん見せられるわけがない。
触れたくて抱きしめたくて、笑ってくれはするのにそれ以上を求めることを許してはくれなかった。
いつだって見えない壁があるように感じた。

「レナには俺なんて必要ないんだろ」

「……本気で、言ってるの?」

ああ、こんな状況(とき)になってようやく彼女の寂しそうな表情(かお)を見た。
馬鹿だと笑われるかと思っていたから予想外の反応に思考回路が静まり返る。
取り乱したりするわけじゃない。
それでも普段の彼女ではないようで、もしかしたら自分は彼女にとって俺が思う以上の存在であれたのかもしれないと期待してしまう。
それでも、もう後に引くことは出来ないのだけれど。

触れたいと思った。
触れて欲しいと思った。
愛されているとわかっていたのに、欲は止まらなくて。
気が付けば人の温もりを求めていて、この腕のなかにいたのはレナではなかった。

「………」

予想外ではあったけれど、それも一瞬のことだ。
彼女らしく黒を基調とした服装に少しばかり高めなピンヒール。
言葉を探すときの仕草さえ相変わらずだと思えるのに、どうしてこうなったのか。
泣いたりすがったりする姿を見せてはくれない。
それは彼女ではないとも思ったが、そんな人間らしく乱れる彼女をずっと待っていた。
最後の最後まで、その望みは叶わなかったけどな。

「……愛してる」

「…………………………亮、」

彼女がその先に何を言おうとしたのかはわからない。
最後の賭けだった。
ハイリスクは承知の上で、もしも彼女が必要だと言ってくれたなら。
もしも彼女が感情のままに責めてくれたなら。
もしも彼女が追いかけてくれたなら。

「…ハッ」

馬鹿馬鹿しい思考のままに会計を終え、喫茶店を出て駐車場に停めていた車に乗り込む。
エンジンをかけて最後の一言。


「…愛してる…か、…」














I love you


(さよなら)



■■■■■■■■■■■■■■

ごめんなさい!!!!!
全力でスライディング土下座!

いつも素敵な浅海神へのせめてものお礼を書きたかったのですが何故か別れ話に…
ヒモ三上以上にダメ野郎になってしまいました。
浅海神、こんな三上しか捧げられませんがいつもありがとうございます!
絶対今度リベンジしますのでえええええええええ!!!!!



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